社会思想(読み)しゃかいしそう

改訂新版 世界大百科事典 「社会思想」の意味・わかりやすい解説

社会思想 (しゃかいしそう)

人間の社会に対する意識と態度とに媒介されつつ形成される社会の総体的な把握をいう。社会のなかに生きている人間が社会の総体的なあり方を意識し認識しようとするのは,その人間が社会生活のなかで不正,抑圧などを経験し,そこに問題を見いだすからにほかならない。したがって社会思想は,強弱の差はあるにせよ,社会に対する批判的態度を含んでおり,その態度に媒介されて社会についての意識・認識が深まり,その深まりに媒介されて態度が変化していくことになる。とくにこの批判的態度が重視される場合は,社会変革,社会における人間解放をめざす思想だけが社会思想と呼ばれる。しかし,そうした狭い意味の社会思想に対抗して,現存の社会体制を擁護しようとする態度に媒介された社会思想もあらわれる。それゆえ,広い意味の社会思想は,社会に対するさまざまな態度に媒介された社会の総体的な把握を意味することになる。したがって,どのような思想も,社会についての総体的な把握をなんらかのかたちで含んでいるかぎり,社会思想という側面をもっているといえる。

 社会思想という言葉は,日本では大正の初期からしだいに多く用いられるようになったが,その際,だいたいにおいて〈社会問題を対象とする思想〉という意味をもっていた。それゆえ当時の思想状況から,社会思想は社会主義思想と無政府主義思想を意味する場合が多かった。やがて社会思想といえば社会主義思想だけを意味するようになったが,昭和にはいると,社会科学と区別するために,理想社会の概念を前提とする社会把握を社会思想と呼ぶ河合栄治郎らがあらわれた。社会主義思想が危険思想とみなされるようになると,社会主義を批判する思想が社会思想と呼ばれるようになる。第2次大戦後,〈社会思想史〉と題する著書が続々と出版されたが,その内容にはかなりの相違があり,社会思想を社会主義思想だけに限定するものもあったが,社会思想を広い意味に理解するものが多く,近代ヨーロッパについていえば,封建的体制から個人を解放しようとした市民革命の思想は,主要な社会思想のひとつとされることが多い。なんらかの意味で社会に対する批判的態度に媒介されており,したがって,なんらかのかたちで社会における人間解放をめざす思想を社会思想と呼ぶのが主流となっている。

現在,経済学,政治学,法律学など社会諸科学が専門分野として確立されており,多数の研究が進められている。これらの社会諸科学と社会思想との関係はどのようなものであろうか。社会諸科学は特定の問題関心にたって特定の視座から社会現象に接近し,そこから特定の側面を抽出して,その諸要素の相互連関などを解明しようとする。したがって,研究が進められるにつれて,分野が細分化され専門化される傾向があり,社会の総体的な把握から遠ざかる傾向をもっている。近年はこの傾向への反省から社会現象の学際的研究なども試みられているが,十分な成果をあげるにいたっていない。このような社会諸科学の現状では,社会における人間の生きかたを示すこと,どのような社会をめざして活動すべきかを示すことはできない。もちろん,社会の総体的な把握をめざす社会思想は,社会諸科学の研究成果を吸収していかねばならないが,それらを社会における人間の生きかたの問題として受けとめねばならないのである。

ヨーロッパの社会思想の歴史をさかのぼれば,奴隷制社会からさらに原始共産体にまで言及することも可能であろう。しかし,現代の日本人の問題意識からすれば,ヨーロッパの近代化を担い推進していった人びとの社会思想,近代化によって形成された資本主義社会のはらむ深刻な諸問題に対決しようとした人びとの社会思想,資本主義社会の20世紀からの新たな展開のなかに生じた諸問題(大衆社会の問題,管理社会の問題など)に対決しようとした人びとの社会思想が,とりあげられる必要があろう。この場合,代表的思想家としてだれを選ぶかは難しい問題であるが,主観的評価を含むことを許してもらうことにする。

 イギリスにおいて近代市民革命の端緒となった〈ピューリタン革命〉を思想的に受けとめたものといえるホッブズの社会思想は,諸個人が欲するままに自分の力を用いる権利(自然権)を自然状態において設定した点で,やがてロックの社会思想によって基礎づけられた主権在民の民主主義思想の先駆をなした。民主主義思想には,ルネサンス・人文主義と経験的自然科学・合理主義,宗教改革から生まれた主体的で自由な個人などが合流している。ロックの社会思想はヨーロッパ各国に流入し,とくにイギリスより封建制が強固であったから,啓蒙思想家(百科全書派)はロックの社会思想を受けとめて,旧体制への厳しい批判として展開し,J.J.ルソーは独自の社会思想にもとづいて現存の社会を隷属状態として強烈に批判した。こうした批判は1789年に始まるフランス大革命につながる。ドイツでは啓蒙は上からの啓蒙と化し,自由は内面的自由に変質する(カント)。

 資本主義社会における貧富の大きな格差,労働者の隷属状態に対して,イギリスではR.オーエンが労働条件の改善に努め,アメリカに協同生活をおこなう実験村を開設する。彼は社会主義思想の出発点を築いたのである。ドイツでは,ヘーゲル哲学から出発したマルクスが古典派の経済学を研究して労働の疎外構造を解明し,生産手段の私有を廃止することによって労働者の人間的解放をめざす共産主義思想を形成した。

 マルクスとエンゲルスは労働者の組織と団結にもとづいて革命をおこし政権を奪取することをめざしたが,議会制民主主義を通じて漸進的に社会主義の実現をめざす社会思想として,イギリスではフェビアン主義,ドイツでは社会民主主義が登場する。また後進国であったロシアでマルクス主義を受けとめ,帝国主義段階の資本主義を解明し,社会主義革命を実現したレーニンがいる。またルカーチはハンガリー革命に参加して挫折を経験したのち,資本主義社会の物象化を解明し,労働者の階級意識の形成という問題を提起した。

 他方,資本主義社会における合理化と官僚制の問題を徹底的に解明したM.ウェーバーの仕事を受けつぎ,マンハイムは,産業社会の合理化が進むとともに,大衆社会に非合理性や激情的衝動があらわれるとし,大衆社会の問題を提起した。〈フランクフルト学派〉の第二世代といえるハーバーマスは,現代社会が〈組織された資本主義〉〈国家的に規制されている資本主義〉に変質しているとし,管理社会の問題を提起している。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「社会思想」の意味・わかりやすい解説

社会思想
しゃかいしそう
social thought

一般には,社会における人間の生き方についての思想をいう。具体的には,文化,政治,経済などに関するイデオロギーという形態をもって現れる。そのため,特に個人が社会に対してなんらかの抵抗,矛盾を感じ,社会を多かれ少なかれ明確な対象として設定し,常に既存の社会に対する抵抗や変革を目指すという態度決定を根底にひそめている思想をいう場合が多い。社会主義思想と混同されやすいが,それよりも広い概念としてとらえるべきであろう。 19世紀以前のヨーロッパでは,思想というものは,その思想を生み出す人間の現実的な生活のあり方とは一応無関係に,それ自身の根拠と論理に従って発展するものと考えられていた。しかし,1840年代以降,G.W.F.ヘーゲル,L.A.フォイエルバハ,K.H.マルクス,F.エンゲルス,さらには M.ウェーバー,K.マンハイムといった思想家の活動が大きな推進力となって,思想というものが一定の集団のなかで,歴史的,社会的に規制されつつ,生活する人間の現実的な営みのなかで生れてくるということ,したがって,思想のあり方が,社会のあり方と密接な結びつきをもっていることが明確化されてきた。このような思想が一定の集団のなかで歴史的,社会的に規制されつつある人間の現実的な生活の営みのなかで生れてくるという,思想と社会との動的な連関を通して思想の歴史を究明する学問が,社会思想史学として生れてきた。

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