小佐々城跡(読み)こさざじようあと

日本歴史地名大系 「小佐々城跡」の解説

小佐々城跡
こさざじようあと

[現在地名]大瀬戸町多以良内郷

小峰(こみね)山(一二〇メートル)に築かれた中世の山城の跡。城(しろ)ノ辻(つじ)城とも。城ノ辻の古城は小佐々氏の居城という。佐々木氏を称する近江源氏の出で、満信の代に肥前小佐々(現小佐々町)に移って地名を称し、応仁年間(一四六七―六九)多以良(たいら)に入って瀬戸・松島(まつしま)、七(なな)ッ釜(がま)・中浦(なかうら)(現西海町)、大(おお)島(現大島町)、崎戸(さきと)浦・嘉喜(かき)浦・江(え)島・平(ひら)島(現崎戸町)などを勢力下に置いたという(「小佐々氏系図」新撰士系録)。のち大村純忠の支配下に入り、永禄一二年(一五六九)宮村(みやのむら)城(現佐世保市)攻略に参加するが、大村純定とともに葛(くず)峠で討死している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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