朝日日本歴史人物事典 「小島省斎」の解説
小島省斎
生年:文化1.8.11(1804.9.14)
幕末維新期の漢学者。丹波(兵庫県)氷上の人。名は慎,駟,字は思之,伯輿,通称は四郎兵衛,忠太。省斎と号す。23歳のとき京都に出て,猪飼敬所に師事。帰郷後,丹波柏原藩に仕え,藩主の信用篤く,藩政改革に大きく寄与した。特に,幕末動乱のなか,藩の財政を刷新し,累積した借金の整理を行うとともに,佐幕か勤王かで揺れていた藩の方針を勤王に取りまとめたのも,省斎の進言であった。学問は,初め折衷考証学であったが,のちに朱子学を信奉。詩文を末技として経学に打ち込み,子弟の教育に熱心であった。<参考文献>松井拳『兜山余芳』
(高橋昌彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報