日本歴史地名大系 「小石川金杉水道町」の解説
小石川金杉水道町
こいしかわかなすぎすいどうちよう
金杉村の百姓地に成立した町屋。明暦二年(一六五六)に百姓町屋を許され、元禄四年(一六九一)以降は町奉行・代官両支配に転じた。町名はまだ金杉村を称していた承応二年(一六五三)に神田上水の定浚役を課せられたことに由来(御府内備考)。町場は最南部の
坂通町は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
金杉村の百姓地に成立した町屋。明暦二年(一六五六)に百姓町屋を許され、元禄四年(一六九一)以降は町奉行・代官両支配に転じた。町名はまだ金杉村を称していた承応二年(一六五三)に神田上水の定浚役を課せられたことに由来(御府内備考)。町場は最南部の
坂通町は
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