小笹村
おざさむら
[現在地名]金城町七条
七条村の北、浜田川右岸に位置。天正二年(一五七四)八月二二日の吉川元春知行充行状(吉川家文書)に石州小石見のうち「小篠七町五段」とみえ、吉川元春は同地などを二宮俊実に宛行っている。同一三年二月二一日には小篠名として二宮長実に安堵されている(「吉川元春知行充行状」同文書)。また天正一一年一一月一二日の小石見検地帳写(岡本家文書)に、佐々木善兵衛の給地として「小篠こし 田壱反小 分米五斗三升 作人 二郎右衛門」「小篠越 田六十歩 分米四升 作人 五郎右衛門」がみえる。近世の領主の変遷は七条村と同じ。
小笹村
おざさむら
[現在地名]上山市小笹
須田板村の西にあり、大笹村・小篠村とも記す。須川段丘上の丸山・虚空蔵平の両遺跡から縄文中期の土器・石器が出土する。正保郷帳に大笹村とあり、田方七〇石余・畑方八四石余。元禄一一年(一六九八)の村明細帳(三浦文庫)では高一五七石余、うち新田三石余、反別は田五町二反余・畑一一町二反余で、銭四〇九文・薪二五駄・炭一五俵が課された。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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