小野寺輝道(読み)おのでら てるみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小野寺輝道」の解説

小野寺輝道 おのでら-てるみち

?-1553 戦国時代武将
下野(しもつけ)(栃木県)の豪族小野寺道綱の子孫出羽(でわ)雄勝(おかち)・平鹿(ひらが)・仙北郡(秋田県)一帯を支配し,のち最上(もがみ)地方(山形県)まで力をのばす。将軍足利義輝につかえた。天文(てんぶん)年間には湯沢城主三春信濃守をやぶり,湯沢城にはいる。天文22年家臣の横手佐渡守,金沢金乗坊らに殺された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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