小野崎村(読み)おのざきむら

日本歴史地名大系 「小野崎村」の解説

小野崎村
おのざきむら

[現在地名]七城町小野崎

橋田(はしだ)村の南にあり、集落は花房(はなぶさ)台地西北部の緩い傾斜地に立地する。慶長九年(一六〇四)九月の検地帳に屋敷数二二・屋敷持九人、田一六町九反二畝余、畠・屋敷二七町五反五畝余、分米四一四石二斗余とある。同一三年の検地帳では、家数六八、人数八〇(うち屋敷持二六)、牛馬一八、田一八町八反一畝余、畠・屋敷三一町三反八畝余、分米四六八石六斗余と記される。


小野崎村
おのざきむら

[現在地名]谷田部町小野崎

上苅間(かみかりま)村の東南に所在。小野(おの)川の水源地帯にあたる。村域の小野崎遺跡は集落跡で、縄文早期・中期の土器・土師器が出土。小野崎館跡は小田氏麾下の荒井氏の館跡で堀・土塁が残り、一帯は字味城(みじよう)とよばれる。小田氏滅亡後に帰農した荒井豊前は当村の草分百姓となった。

元和二年(一六一六)谷田部藩細川氏領となり廃藩置県に及び、「各村旧高簿」によれば明治元年(一八六八)の村高は七一三・五五八石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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