コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小野派一刀流 オノハイットウリュウ

3件 の用語解説(小野派一刀流の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

おのは‐いっとうりゅう〔をのハイツタウリウ〕【小野派一刀流】

江戸時代、小野忠明を祖とする剣術の流派。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

おのはいっとうりゅう【小野派一刀流】

剣術の一派。一刀流を大成した小野忠明の子、小野次郎右衛門忠常から以降、この流派名を称した。忠常・忠於・忠一と伝わり、忠一の門人から中西派一刀流が分派。小野流。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小野派一刀流
おのはいっとうりゅう

近世剣術の主流の一つで、伊藤一刀斎景久(いとういっとうさいかげひさ)の的伝(てきでん)、小野次郎右衛門忠明(おのじろうえもんただあき)を祖とする小野家の門流をいう。忠明が2代将軍徳川秀忠(ひでただ)の剣術師範を務め、その後も一刀流の正統として重んぜられ、旗本層をはじめ津軽家(弘前(ひろさき)藩)など諸大名の間に広がった。その教習体系は、初代忠明の切組(きりぐみ)25本を根本とし、2代忠常(ただつね)(1608―1665)がこれに25本を増加して50本とし、打太刀(うちだち)に手袋(鬼小手(おにごて))を着用することを始め、ついで3代忠於(ただお)(1640―1712)のとき、これを増補して、大太刀60本、小太刀9本、合小太刀8本、三重、刃引(はびき)11本とし、極意の払捨刀(ほっしゃとう)10本以上、高上極意に妙剣、絶妙剣、真剣、金翅鳥王剣(きんしちょうおうけん)、独妙剣の5点を配して組太刀(くみだち)を完成するとともに、初伝十二箇条目録、中伝仮字書(かながき)、取立許状、皆伝本目録、指南免状、割目録(一子相伝)という伝授の方式を確定した。その後、4代忠一(ただかず)―5代忠方(ただかた)―6代忠喜―7代忠孝―8代忠貞―9代忠政(のち業雄(なりお))とよく父祖の業を継承し明治に至った。[渡邉一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の小野派一刀流の言及

【小野忠明】より

…また後世の作り話であろうが,真剣の宗矩に対して,忠明は燃残りの薪をもって立ち合い,宗矩を翻弄(ほんろう)し衣服を炭だらけにしたといった武勇伝は数多くある。小野家は忠明の子小野次郎右衛門忠常が相続し,小野派一刀流として代々徳川家に仕え,柳生家とともに将軍家剣術師範として続いた。【中林 信二】。…

※「小野派一刀流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

小野派一刀流の関連キーワード中条流荒木流賀茂流長谷川流通村流無念流吉岡流本門宗伊藤忠也小野忠常

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

小野派一刀流の関連情報