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小野流 オノリュウ

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デジタル大辞泉の解説

おの‐りゅう〔をのリウ〕【小野流】

真言宗事相(じそう)における東密二流の一。平安初期の僧聖宝(しょうぼう)を祖とし、その弟子仁海(にんかい)が山城国小野に曼荼羅(まんだら)寺(随心院の旧称)を建て、この流儀を広めた。→広沢流(ひろさわりゅう)

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大辞林 第三版の解説

おのりゅう【小野流】

〘仏〙 東密二流の一。平安初期の聖宝を祖とし、仁海が広めた。流派名は、仁海が京都の小野に曼荼羅まんだら寺を建立したことによる。次第に六流に分派し、さらに二六流に分化した。 → 広沢流
小野派一刀流 」に同じ。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の小野流の言及

【真言宗】より

… 空海没後は,その高弟真済真雅,実慧などがよく師の志を継ぎ,高野山を発展させた。こののち事相(灌頂・修法などの具体的な儀式作法)面で,小野曼荼羅寺の仁海が大成した小野流と広沢遍照寺の寛朝が大成した広沢流に分かれ,さらに2流はおのおの6流ずつに分派して〈野沢(やたく)根本十二流〉とも称せられるほど,その分化ははなはだしくなった。平安時代末期に至って覚鑁(かくばん)(興教大師)があらわれ,高野山上に大伝法院などを建立して,真言教学の再興,全密教法流の統一をはかった。…

【随心院】より

…通称小野門跡。平安中期に真言宗小野流の開祖仁海僧正が開創したと伝える牛皮山曼荼羅(まんだら)寺を起源として,5世増俊のとき随心院と改称。鎌倉時代に最盛期を迎え,門跡寺院・天皇祈願所となり,堂宇も整備されて多くの寺領荘園をもち,真言宗の二大法流の一つ小野流の大道場として栄えた。…

【仁海】より

…小野の地にちなみ小野僧正と呼ばれ,また元杲に伝受した請雨経法を得意とし,祈雨の法験ことに優れたので,世に雨僧正とたたえられた。のちにその法流は小野流と呼ばれ,広沢流と並んで東密の二大流派を形成した。【速水 侑】。…

※「小野流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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