小金町(読み)こがねまち

日本歴史地名大系 「小金町」の解説

小金町
こがねまち

[現在地名]松戸市小金・小金こがねきよしヶおか一―五丁目・小金原こがねはら二―三丁目・同六―七丁目・新松戸しんまつど一―七丁目、柏市中原なかはら・中原一―二丁目・加賀かが一―二丁目・つくしおか二―五丁目・光ヶ丘ひかりがおか・光ヶ丘一―四丁目・光ヶ丘団地ひかりがおかだんち

上総内かずさうち村の北にあり、町域は下総台地西端部および江戸川左岸低地に展開する。古くから交通の要衝で、近世には水戸道が縦断し、同道の宿場(小金宿)が置かれた。浄土宗関東十八檀林の一に数えられた東漸とうぜん寺などがある。天正一八年(一五九〇)徳川家康の五男武田信吉は三万石で小金に封ぜられ、当町もその領分となった。信吉は文禄元年(一五九二)佐倉(現酒々井町)へ転封となったため徳川氏の直轄領になったと思われるが、明らかではない。慶長六年(一六〇一)旗本青山成重が下総国において二千石加増された際、その一部が小金またはその周辺に与えられたものと思われる(寛政重修諸家譜)。同七年一月二五日の鎮目惟吉宛証文(古文書)には「百石 小金之内青山七右跡」「百石 同所倉橋宗三跡」などとみえ、旗本鎮目氏が青山・倉橋両名の後を受けて「小金之内」を知行していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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