小長野村(読み)こながのむら

日本歴史地名大系 「小長野村」の解説

小長野村
こながのむら

[現在地名]寺井町小長野

寺井村の南、手取川と梯(かけはし)川に挟まれた扇状地に立地し、南に大長野村がある。中世は長野保・長野新保に属したと推定される。正保郷帳によると高五三八石余、田方二八町一反余・畑方三町五反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印によると高五六五石、免四ツ、小物成なし(三箇国高物成帳)。寛文四年に新田高一石があり、同五年には三歩の引免があった。弘化三年(一八四六)の百姓数三〇(うち一人は懸作)。


小長野村
こながのむら

[現在地名]砥用町二和田(にわだ) 小長野

小夏(こなつ)村の西隣に位置し、名越谷(なごしたに)村と接する北部は山地で占められ、津留(つる)川の支流が流れている。西に大窪(おおくぼ)村、南に御前浜(ごぜんはま)村がある。慶長国絵図に村名がみえ、正保郷帳によると高六五石一斗余、うち田方四五石余・畠方二〇石一斗余の小村。砥用手永に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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