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少弐資能 しょうに すけよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

少弐資能 しょうに-すけよし

1198-1281 鎌倉時代の武将。
建久9年生まれ。父少弐資頼(すけより)の死後,筑前(ちくぜん),豊前(ぶぜん),肥前,対馬(つしま),壱岐(いき)の守護をかね,のち大宰(だざいの)少弐となる。大宰府で元(げん)(中国)の使節との折衝にあたり,蒙古(もうこ)襲来襲(元寇(げんこう))では,大友頼泰とともに九州防衛の指揮をとった。弘安4年蒙古軍とたたかい負傷し,同年閏(うるう)7月13日死去。84歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

少弐資能

没年:弘安4.閏7.13(1281.8.28)
生年:建久9(1198)
鎌倉中期,大宰少弐,筑前,豊前,肥前,対馬,壱岐国などの守護。武藤資頼の子。豊前守,筑後守。大宰少弐に就任したことから,それまでの武藤姓から少弐姓を名乗るようになった。鎌倉幕府出先機関である大宰府の最高責任者として,モンゴル使節との対応に当たり,文永11(1274)年モンゴル襲来の際は大友頼泰と共に,鎮西御家人を率いて防戦に努めた。さらに異国警固番役を指揮し,弘安4(1281)年のモンゴル合戦中に負傷して死亡した。法名覚恵。<参考文献>川添昭二『中世九州史の研究』

(瀬野精一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

しょうにすけよし【少弐資能】

1198‐1281(建久9‐弘安4)
鎌倉時代の武将。資頼の子。法名覚恵。右衛門尉,豊前守,筑後守を経て,大宰少弐。1232年(貞永1)父のあとを受けて鎮西奉行に補され,筑前・豊前・肥前・壱岐・対馬(三前二島)の守護になり,肥前国与賀荘地頭でもあった。モンゴル襲来に際しては,元・高麗からの使節と折衝したり,九州御家人の指揮に当たって活躍した。モンゴル合戦による負傷がもとで没した。【山口 隼正】

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