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尹致昊 ユン チホ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尹致昊 ユン-チホ

1865*-1945 朝鮮の政治家。
高宗元年12月26日生まれ。明治14年来日し,中村正直の同人社にまなぶ。帰国後,独立協会会長,のち大韓自強会,新民会の各会長として愛国啓蒙運動を指導。韓国併合後の1911年,百五人事件(寺内総督暗殺未遂事件)で逮捕,投獄された。解放後,日本統治末期の対日協力活動を非難され1945年12月6日自殺(病死説もある)。82歳。忠清道出身。号は佐翁。

尹致昊 いん-ちこう

ユン-チホ

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

いんちこう【尹致昊 Yun Ch‘i‐ho】

1865‐1945
朝鮮の政治家。号は佐翁。忠清道牙山の生れ。1881年紳士遊覧団の随員として渡日し,中村正直の同人社に学んだ。83年アメリカ公使館通訳となって帰国,開化派に荷担し,甲申政変失敗後は上海およびアメリカへ留学し,アメリカ南メソディスト派の信徒となった。95年帰国して外部協弁,学部協弁を歴任,96年ロシア皇帝戴冠式に閔泳煥(びんえいかん)の随員として参加。フランスに遊学して97年帰国。独立協会に加わり,98年会長となり反露闘争,国政改革運動を指導。

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世界大百科事典内の尹致昊の言及

【愛国啓蒙運動】より

…主な担い手は都市知識人,学生,民族資本家などであった。運動は1906年4月の大韓自強会(会長,尹致昊)の結成によって本格的に開始された。同会は運動の全国的中心となり,教育・産業の振興により自国の富強をはかり独立の基礎を培うという実力培養論を唱導した。…

【留学】より

…朝鮮は1876年2月の日朝修好条規によって開国したが,新文物を吸収すべく81年5月には日本に紳士遊覧団62名を,12月には清国に領選使一行69名を派遣した。遊覧団の随員兪吉濬(ゆきつしゆん),柳定秀は福沢諭吉の慶応義塾に,尹致昊(いんちこう)は中村正直の同人社に残留し,最初の海外留学生となった。福沢と朝鮮との結びつきには,1879年秋日本に密航した開化僧李東仁が関与していた。…

※「尹致昊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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