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尾高惇忠 おだか あつただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尾高惇忠 おだか-あつただ

1830-1901 明治時代の殖産家。
文政13年7月27日生まれ。渋沢栄一とともに官営富岡製糸場の建設につくして所長となり,養蚕,製糸の振興につとめる。のち第一国立銀行につとめるかたわら,製藍(せいらん)法の改良,研究をおこなった。明治34年1月2日死去。72歳。武蔵(むさし)榛沢郡(埼玉県)出身。幼名は新五郎。字(あざな)は子行。号は藍香。著作に「蚕桑長策」「藍作指要」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

尾高惇忠

没年:明治34.1.2(1901)
生年:天保1.7.27(1830.9.13)
官営富岡製糸場の初代所長,明治前期の殖産興業推進者。武蔵国榛沢郡手計村(深谷市)の名主尾高保孝の子。幼名新五郎,字は子行,藍香と号した。明治1(1868)年彰義隊に参加するが脱退,その後振武軍に加わり官軍と戦って敗退。維新後は明治2年静岡藩勧業付属,3年民部省監督権少佑,次いで大蔵省製糸場の計画を担当した渋沢栄一の漢学の師であり,義兄に当たる(妹千代が栄一の最初の夫人)ことから,同省勧業寮富岡製糸場掛(のち勧業大属)となり,同製糸場の建設,経営に尽力。長女勇は伝習工女に志願してこれに協力した。また秋蚕の飼育法を研究し,その普及に努力した。9年末同製糸場を辞し,翌年から第一国立銀行盛岡支店,仙台支店に勤めるかたわら,製藍法の改良普及にも尽くし,著書に『蚕桑長策』(1889),『藍作指要』(1890),がある。<参考文献>塚原蓼洲『藍香翁』

(井上定幸)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の尾高惇忠の言及

【富岡製糸場】より

…富岡の地が選ばれたのは優良な原料繭と豊富な水に恵まれていたためといわれる。政府内で立案・実施を担当したのは大蔵省の渋沢栄一と民部省(のち大蔵省)の尾高惇忠であり,尾高は76年まで初代所長をつとめた。尾高は全国から伝習工女を募集しフランス人教婦の下で器械繰糸技術を習得させ,彼女らは帰郷後各地の器械製糸場の発展を支えた。…

※「尾高惇忠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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