デジタル大辞泉 「山中鹿之助」の意味・読み・例文・類語 やまなか‐しかのすけ【山中鹿之助】 [1545~1578]戦国時代の武将。出雲の人。本名、幸盛ゆきもり。尼子氏に仕えて毛利氏と戦い、主君の降服後も尼子十勇士とともに主家再興に奔走。織田信長を頼り、豊臣秀吉に従って中国征伐に出陣したが、毛利軍に捕らえられて殺された。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
精選版 日本国語大辞典 「山中鹿之助」の意味・読み・例文・類語 やまなか‐しかのすけ【山中鹿之助】 室町後期の武将。本名幸盛、通称甚次郎。尼子氏に仕え、尼子氏が毛利氏に降伏した後も主家の再興に奔走した。秀吉の中国経略に従って上月城を落としたが、毛利氏に攻略され、捕えられて、殺されたといわれる。天正六年(一五七八)没。 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
旺文社日本史事典 三訂版 「山中鹿之助」の解説 山中鹿之助やまなかしかのすけ ?〜1578戦国末期の武将本名は幸盛 (ゆきもり) 。尼子氏の臣。1566年尼子氏が毛利氏に降伏した後も主家の再興に尽力。'77年豊臣秀吉の中国征伐に従い,尼子勝久らと播磨上月城を守ったが毛利軍に敗れて捕らえられ,のち殺された。 出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報