日本歴史地名大系 「山国陵」の解説
山国陵
やまぐにりよう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…64年(正平19∥貞治3)上皇は当寺に没し,遺言により遺骨は寺後の丘上に葬られ,陵上に松だけが植えられたという。当寺背後の山国陵がこれである。寺運は中世末に衰えたが,近世になって皇室の保護をうけて安定し,現存の開山堂(怡雲(いうん)庵),方丈,勅使門,庫裏,舎利殿など,すべて万治(1658‐61)以後の建築である。…
※「山国陵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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