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山村良勝 やまむら よしかつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山村良勝 やまむら-よしかつ

やまむら-たかかつ

山村良勝 やまむら-たかかつ

1563-1634 織豊-江戸時代前期の武将。
永禄(えいろく)6年生まれ。山村良候(たかとき)の子。木曾義昌・義利につかえ,木曾氏没落後は下総(しもうさ)佐倉(千葉県)にうつる。関ケ原の戦いでは木曾谷で徳川秀忠の先導役をつとめる。慶長7年父の跡をつぎ2代目木曾代官となる。大坂の陣に参戦,元和(げんな)元年尾張(おわり)名古屋藩に付属替えとなった。寛永11年8月3日死去。72歳。信濃(しなの)(長野県)出身。通称は十三郎,甚兵衛。号は宗用。名は「ながかつ」「よしかつ」ともよむ。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

山村良勝

没年:寛永11.8.3(1634.9.24)
生年:永禄6(1563)
江戸初期の木曾代官。十三郎,甚兵衛,致仕して用済と号す。良候(道祐)の子,木曾義昌の臣。豊臣秀吉による木曾氏改易ののち徳川家康に召され,関ケ原の戦の前哨戦たる木曾攻略に参加。その功により一族が美濃に1万6200石を与えられ,道祐・良勝親子は同心分を含めて5900石(のち5700石)を食む。道祐は木曾代官となり,木曾の白木5000駄も与えられる。良勝は大坂冬の陣に尾張(名古屋)藩主徳川義直に属し,子の良安は木曾福島,贄川の関を守る。元和1(1615)年木曾が尾張藩領となるや,良勝・良安父子は尾張藩に属し木曾代官として木曾福島に常駐する。他方で父道祐と同様幕府より木曾福島関所を預けられ,幕臣でもあった。番頭並1万石の格式,柳之間詰,現港区芝と名古屋に屋敷地を与えられていた。<参考文献>『木曾福島町史』『名古屋市史 地理編』

(松田之利)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の山村良勝の言及

【山村甚兵衛】より

…江戸時代に木曾代官を世襲した名族。中世末の木曾領主木曾義昌の重臣であった山村道祐(良候(たかとき))が,徳川家康の信任を得て木曾代官に挙用されるのは1600年(慶長5)の関ヶ原の戦直後である。02年道祐の死後父の遺跡を継いだ良勝がはじめて甚兵衛を名のり,幕末の山村良祺に至るまで甚兵衛を通称した。甚兵衛管地の木曾は1615年(元和1)に尾張の徳川義直に封与されたが,そのとき甚兵衛良勝は義直に転属したため,以後は事実上の木曾代官として最後まで福島の居館にとどまった。…

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