山村若(読み)ヤマムラ ワカ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「山村若」の解説

山村 若(2代目)
ヤマムラ ワカ


職業
日本舞踊家

専門
上方

肩書
山村流宗家(4代目),山村会主宰

本名
中島 きく

別名
前名=山村 きく(ヤマムラ キク)

生年月日
明治38年 5月22日

出生地
大阪府 大阪市笠屋町

経歴
幼くして母親つやに手ほどきを受け、14歳頃より祖母の初代山村若(3代目山村流宗家)に師事。大正14年山村きくを名乗り師業に入る。関西歌舞伎文楽振付に従事し、昭和17年2代目山村若を襲名。23年山村流(島の内系)4代目宗家となった。著書に「上方の舞に命を」がある。

所属団体
日本舞踊協会(理事)

受賞
勲四等瑞宝章〔昭和57年〕 大阪芸術賞〔昭和40年〕,大阪文化祭賞(金賞)〔昭和42年〕

没年月日
平成3年 8月13日 (1991年)

家族
祖母=山村 若(初代 2代山村舞扇斎吾斗),長女=山村 糸(5代目山村流宗家),孫=山村 若(3代目)(6代目山村流宗家),妹=山村 久子(日本舞踊家)

親族
義弟=山村 若禄次(日本舞踊家)

伝記
上方の舞に命を 山村 若 講話,大阪府なにわ塾 編(発行元 ブレーンセンター ’87発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「山村若」の解説

山村 若(2代目)
ヤマムラ ワカ

大正・昭和期の日本舞踊家 山村流宗家(4代目);山村会主宰。



生年
明治38(1905)年5月22日

没年
平成3(1991)年8月13日

出生地
大阪府大阪市笠屋町

本名
中島 きく

別名
前名=山村 きく(ヤマムラ キク)

主な受賞名〔年〕
大阪芸術賞〔昭和40年〕,大阪文化祭賞(金賞)〔昭和42年〕,勲四等瑞宝章〔昭和57年〕

経歴
幼くして母親つやに手ほどきを受け、14歳頃より祖母の初代山村若(3代宗家)に師事。大正14年山村きくを名乗り師業に入る。関西歌舞伎・文楽の振付に従事し、昭和17年2代目山村若を襲名。23年山村流(島の内系)4代宗家となる。著書に「上方の舞に命を」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山村若」の解説

山村若(2代) やまむら-わか

1905-1991 大正-昭和時代の日本舞踊家。
明治38年5月22日生まれ。祖母の2代山村舞扇斎の指導をうけ,6歳で初舞台をふむ。大正14年山村きくを名のり,昭和17年2代山村若を襲名。24年上方舞山村流4代宗家となった。歌舞伎,文楽の振り付けなどで活躍。平成3年8月13日死去。86歳。大阪出身。本名は中島きく。

山村若(初代) やまむら-わか

山村舞扇斎(やまむら-ぶせんさい)(2代)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の山村若の言及

【山村流】より

…初世は《慣(みなろうて)ちょっと七化》や《三つ面椀久》などを振り付け,地歌や能を舞にとり入れて上方舞を完成させた名手だが,その伝統は2世友五郎(新町に住んだので〈新町の山村〉とも),養女の山村れん(九郎右衛門町),同じく養女の山村登久(島の内)に継承され,明治の大阪芸界を風靡(ふうび)した。現在の4世宗家は島の内系の山村若(わか)(1905‐91)で,新町系,北山村,東山村などの系統がある。【柴崎 四郎】。…

※「山村若」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android