コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

山科教成 やましな のりしげ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山科教成 やましな-のりしげ

1177-1239 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
治承(じしょう)元年生まれ。平業房(なりふさ)の子。藤原実教(さねのり)の養子となる。母の高階栄子(たかしなの-えいし)(丹後局(たんごのつぼね))より京都山科の地を相続し,山科氏を名のる。参議などをへて権(ごんの)中納言となった。正二位。延応元年4月13日死去。63歳。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

山科教成

没年:延応1.4.13(1239.5.17)
生年:治承1(1177)
鎌倉前中期の公卿。平業房の子。母は高階栄子(丹後局)。童名を金毘羅丸といい,後白河法皇の下北面に仕えたが,母が法皇の寵妃となったために,法皇の命で藤原(山科)実教の養子となる。侍の子でありながら公卿の家の養子となり,のちの山科家を作った。母とその子宣陽門院の後押しによって,左中将・左兵衛督から承元3(1209)年に参議になるなど順調に出世し,権中納言・正二位に上った。『明月記建仁1(1201)年条によれば,藤原定家は若年の左中将教成の下にあり,その出世ぶりと人品に反感と憤りを記している。当時噂の人物のひとりだったようだ。

(土谷恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

山科教成の関連キーワードスベッレ延応伊王野城モンフォール光宝山科教成山科家西光平重盛藤原成親

今日のキーワード

地蔵盆

主に京都などで、8月23日・24日(古くは陰暦7月24日)に行われる行事。石地蔵にお飾りをしてまつり、さまざまの余興を行う。地蔵祭り。地蔵会(じぞうえ)。《季 秋》...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android