山科村(読み)やましなむら

日本歴史地名大系 「山科村」の解説

山科村
やましなむら

[現在地名]金沢市山科町・山科一―三丁目

円光寺(えんこうじ)村の南、伏見(ふしみ)川中流の東岸に位置する。村内を鶴来(つるぎ)往来が通る。「官知論」によれば、長享の一向一揆で、守護富樫政親を高尾(たこう)城に包囲した一揆軍のうち、「四箇寺ノ大坊主」勢は四万余騎で「伏見・山科・浅野・大衆免」の所々に陣をとったという。天正一一年(一五八三)前田利家は種村三郎四郎に「山科村・伏見村」で八五六俵余などを与えている(同年八月一七日「知行所付」拾遺温故雑帖)。正保郷帳では高四〇八石余、田方一二町五反・畑方一四町七反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では高四二四石・免六ツで、ほかに小物成として山役三三八匁・蝋役三匁・窪(くぼ)村上り山草役二一五匁が賦課されていた。窪村上り山草役は当村領の山で窪村が採草することに対して賦課されたもので、実際には同村が直接上納していた(三箇国高物成帳)。


山科村
やましなむら

[現在地名]岩木町鼻和(はなわ)

鼻和村の北に位置し、東は蒔苗(まかなえ)村(現弘前市)、西は植田(うえだ)村、北は小島(こじま)村(現弘前市)に接する。

貞享四年(一六八七)の検地帳に鼻和村の支村として村名がみえ、村高は五六・五三六石、うち田方三一・七六五石、畑方二四・七七一石である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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