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岩谷堂城 いわやどうじょう

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日本の城がわかる事典の解説

いわやどうじょう【岩谷堂城】

岩手県奥州市にあった中世の山城(やまじろ)で、江戸時代には仙台藩の21の要害の一つとされた。曲輪(くるわ)、土塁、虎口(こぐち)、空堀、水堀などの跡が残っており、現在、城跡は館山(たてやま)史跡公園として整備されているほか、一部は岩谷堂小学校や岩谷堂高校の敷地や市街地になっている。築城年代・築城者は諸説あるが、鎌倉時代の有力武将である千葉氏一族の千葉胤道(当主千葉頼胤の三男)が築城したとする説が有力。その後、葛西氏の流れをくむ江刺(えさし)氏の城となり、江刺氏はこの城を拠点に江刺郡一帯を支配したが、当主の江刺隆見が1495年(明応4)に葛西氏に敗退後、葛西氏の属城となった。その後、豊臣秀吉の奥州仕置により葛西氏が改易となった後は、秀吉家臣の木村吉清の家臣の溝口氏が入城した。さらに、溝口氏が一揆で殺害されると伊達家の城になり、伊達政宗の家臣の桑折摂津守が、その後には伊達氏の一門の岩城氏が城主となって明治の版籍奉還、廃藩置県まで続いた。本丸とされている場所は八幡神社の境内になっており、樹齢800年以上といわれるイチョウの巨木がある。二の丸跡は岩谷堂高校のグランドになっている。なお、岩谷堂城のあった場所は平安時代末期、藤原清衡(ふじわらきよひら)とその父である藤原経清(ふじわらつねきよ)の居館の豊田館の一部、あるいは砦跡ともいわれており、本丸跡には藤原経清・清衡親子を顕彰する二清院が建立されている。JR東北本線水沢駅から車で約20分。◇岩谷堂要害ともいう。

出典|講談社
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