日本大百科全書(ニッポニカ) 「イチョウ」の意味・わかりやすい解説
イチョウ
いちょう / 銀杏
公孫樹
[学] Ginkgo biloba L.
イチョウ科(分子系統に基づく分類:イチョウ科)の落葉大高木で、大きいものは高さ45メートル、直径5メートルに達する。樹皮は灰色で厚く、縦に割れ目ができる。幹枝から乳といわれる気根を下垂することがある。枝には長枝と短枝があり、葉は長枝ではまばらに互生し、短枝では数枚が密に束生する。葉身は扇状で中央に一つの切れ込みがあり、それ以上に不規則に切れ込むものがある。秋には美しく黄葉する。雌雄異株。雄花は淡黄色の短い穂となり、多数の雄しべがある。雌花は緑色で、果柄の先に2個の胚珠(はいしゅ)がつく。雄花の花粉は風によって遠方まで飛散する。4月に胚珠の花粉室に入った花粉はそこで発育し、9月上旬の成熟前に精子を生じ、造卵器に入り受精する。精子のできることは、1896年(明治29)池野成一郎、平瀬作五郎によって発見され、分類学上の位置がはっきりした。この精子が発見された原木は、現在も東京大学小石川植物園内に健在している。種子は核果様で、熟すと外種皮は黄色となり肉質で悪臭があり、内種皮は硬く白色で、2~3の稜線(りょうせん)がある。4月に開花し10月に種子は成熟する。中国原産で、耐寒耐暑性があり、北海道から沖縄まで広く植栽され、また世界各地に植えられている。
強健で抵抗力が強く、土地を選ばず生育する。成長は早く、病虫害は少ない。萌芽(ほうが)力が盛んで、強い剪定(せんてい)にも耐える。樹皮は厚く、コルク質で気胞分があり耐火力に優れ、古くから防火樹として知られる。葉の縁(へり)に奇形的に種子をつけるオハツキイチョウ、葉がらっぱ形をなすラッパイチョウ、葉に白や黄の斑(ふ)のあるフイリイチョウなどの品種がある。繁殖は普通は実生(みしょう)であるが、挿木や接木もできる。材は淡黄色をなし、柔らかく緻密(ちみつ)で光沢美があり、反曲折裂および収縮が少なく、建築、器具、彫刻などに利用する。種子は銀杏(ぎんなん)といい食用とする。木は庭園樹、公園樹、街路樹、防風樹、防火樹、盆栽など広く利用され、近年は種子をとる果樹としても栽培される。
[林 弥栄 2018年3月19日]
民俗
神社や寺院などに多くみられるイチョウは、民家に植えるのを忌み嫌うが、これは全国的である。イチョウについては多くの伝説が語られており、杖(つえ)銀杏というのは、弘法(こうぼう)大師などの高僧が携えた杖を地面にさしたのが成長して枝葉を生じたといわれ、東京・麻布(あざぶ)の善福寺にあるものなどはその一例である。また、逆さ銀杏というのは枝葉が下を向いて生えるのでいったが、イチョウの古木に生じる気根を削って煎(せん)じたものを飲むと乳の出がよくなるという乳銀杏の古木が、神奈川県川崎市の影向寺(ようごうじ)など全国各地にある。このほか子授け銀杏といって、東京・雑司ヶ谷(ぞうしがや)の鬼子母神(きしもじん)の境内にあるイチョウは、その木を女が抱き、葉または樹皮を肌につけていると子供が授かるという。泣き銀杏というのもあるが、そのいわれはさまざまで、有名な千葉県市川市の真間山(ままさん)弘法寺(ぐほうじ)のものは、日頂上人(にっちょうしょうにん)(1252―1317)が父の勘当を受けたためにこの木の周りを泣きながら読経したからという。
[大藤時彦 2018年3月19日]