島津忠雅(読み)しまづ ただまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「島津忠雅」の解説

島津忠雅 しまづ-ただまさ

1703*-1784 江戸時代中期の大名
元禄(げんろく)15年12月1日生まれ。島津惟久(これひさ)の子。享保(きょうほう)8年(1723)日向(ひゅうが)(宮崎県)佐土原(さどはら)藩主島津家6代となる。寛永寺浄円院を普請し,藩政では家臣寺社知行をあらためた。天明4年5月15日死去。83歳。初名は忠就。通称は又四郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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