島津惟久(読み)しまづ これひさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「島津惟久」の解説

島津惟久 しまづ-これひさ

1676-1738 江戸時代前期-中期大名
延宝4年3月1日生まれ。島津忠高(ただたか)の長男元禄(げんろく)3年(1690)日向(ひゅうが)(宮崎県)佐土原(さどはら)藩主島津家5代となる。それまで番代(藩主代理)をつとめた島津久寿(ひさなが)に島之内3000石を分知し,表高2万7000石余となる。藩内の対立解消と財政改善につとめた。淡路守。元文3年9月19日死去。63歳。初名は忠充(ただみつ)。通称は又次郎。名は「ただひさ」ともよむ。

島津惟久 しまづ-ただひさ

しまづ-これひさ

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

機械メーカー。トヨタグループの総本家で,繊維機械のほかトヨタ自動車からの小型商用車の受託生産,エンジンその他の自動車部品,フォークリフトなどの産業用車両の生産も行なう。1926年豊田佐吉が,みずから発...

豊田自動織機の用語解説を読む