日本歴史地名大系 「川守田館跡」の解説
川守田館跡
かわもりただてあと
[現在地名]三戸町川守田 館
川守田町の北東、
伝承によれば天正一〇年(一五八二)南部信直が先代晴継の葬儀の帰途、九戸政実方の兵に攻撃され、急遽当館に逃れ、常陸入道とともに敵を迎え撃ったといい、この時信直自ら鉄砲をとり、敵将とおぼしい者を射殺したという(祐清私記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
川守田町の北東、
伝承によれば天正一〇年(一五八二)南部信直が先代晴継の葬儀の帰途、九戸政実方の兵に攻撃され、急遽当館に逃れ、常陸入道とともに敵を迎え撃ったといい、この時信直自ら鉄砲をとり、敵将とおぼしい者を射殺したという(祐清私記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...