川西八幡神社(読み)かわにしはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「川西八幡神社」の解説

川西八幡神社
かわにしはちまんじんじや

[現在地名]東城町川西

宮平みやびら鎮座。川西および東城の産土社であるとともに、粟田あわた川東かわひがし宇山うやま竹森たけもり下千鳥しもちどり・上千鳥加谷かだに内堀うつぼり森脇もりわき小串おぐし所尾ところお塩原しおはら請原うけばら山中やまなかを加えた計一五地区の大氏神(総社)祭神は品陀和気命・帯中津比古命・息長帯比売命。「芸藩通志」その他によれば、用明天皇の時代初めてこの地に勧請し、備後国一宮八幡と称したという。室町時代には領主宮氏の崇敬が厚く、文安年中(一四四四―四九)田畑山林を寄進したという。永禄九年(一五六六)宮興盛が鎧一領、太刀二振(備前長船と菊一文字)を奉納している。

祭日は古くは一〇月一日から五日(現在は一一月一日―五日)の五日間で「五日催いつかもうし」と称している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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