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巨勢文雄 こせの ふみお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

巨勢文雄 こせの-ふみお

824-892 平安時代前期の官吏,学者。
天長元年生まれ。文章得業生(もんじょうとくぎょうしょう)として貞観(じょうがん)2年対策(登用試験)に合格,3年に本姓の味酒(うまさけ)から巨勢への改姓をゆるされる。大江音人(おとんど)に師事し,文章博士,大学頭(かみ),右中弁などをへて,修理大夫(だいぶ),勘解由使(かげゆし)長官となった。寛平(かんぴょう)4年3月5日死去。69歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

巨勢文雄

生年:生没年不詳
平安初期の官人。左京の住人。もと味酒(首)文雄と称したが貞観3(861)年9月,巨勢(朝臣)への改姓を許されている。本来なら一族の(名である)平群と改姓されるはずのところ,嘉名でないとの理由から本宗の巨勢を申請したもの。文章博士,大学頭などの経歴が示すように,学者として知られる。再建後の応天門の改名問題あるいは朱雀,羅城門の名義の解釈などに関与する一方,元慶2(878)年8月,皇弟貞保親王読書始めの宴には,右大臣藤原基経から招かれ,詩を賦している。三善清行は文雄に師事し,その推挙で方略試を受験したというが,『江談抄』には推挙をめぐって清行と菅原道真の対抗意識を示すエピソードが収められている。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の巨勢文雄の言及

【三善清行】より

…淡路守氏吉の三男。大学で巨勢文雄に師事し,37歳で対策及第して官途についた。893年(寛平5)備中介に赴任した以外は京で大内記,文章博士,大学頭,式部大輔など儒職を歴任し,晩年の71歳でようやく参議兼宮内卿に栄進した。…

※「巨勢文雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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