差組村(読み)さしくみむら

日本歴史地名大系 「差組村」の解説

差組村
さしくみむら

[現在地名]猪名川町差組・つつじが丘(おか)

下肝川(しもきもがわ)村の南東に位置し、当地で肝川が猪名川に合流する。中世は多田(ただ)庄に含まれ、差久美(さしくみ)村とよばれた。慶長国絵図に「指組村」とみえ、高一五四石余。元禄郷帳でも指組村とあり、享保二〇年(一七三五)の摂河泉石高調では高一二二石余。領主の変遷は広根(ひろね)村と同様と考えられる。延宝七年(一六七九)の検地帳(差組自治会文書)によれば新検高は一二二石余で、文禄三年(一五九四)の古検高一五四石余のうち三九石余は「池床山成川欠」、慶長二年(一五九七)と寛永一一年(一六三四)の災害によるという。また百姓持山は天神(てんじん)山と大谷(おおたに)で、村分牛飼場はにし山、山手米五石九斗余・入木入炭代銀七三匁・茶柿代銀二匁を納めていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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