平井六右衛門(12代)(読み)ひらい・ろくえもん

朝日日本歴史人物事典 「平井六右衛門(12代)」の解説

平井六右衛門(12代)

没年:大正10.10.14(1921)
生年:慶応1.11.22(1866.1.8)
明治大正期の実業家。盛岡藩日詰町(岩手県紫波町日詰)の生まれ。初代は伊勢松坂の出で,代々六右衛門を襲名清酒,醤油の醸造業を営み,また大地主でもあった。12代六右衛門は明治26(1893)年に家督相続以後,岩手,盛岡,花巻の各銀行や南部鉄道,岩手軽便鉄道,盛岡電気など,岩手県内の有力企業の役員を兼任し,県内有数の実業家として活動した。近世以来の蓄積を背景としつつ,明治の近代企業勃興に関与する地方企業家像のひとつの典型が読み取れる。原敬とも親交があり大正4(1915)年に衆議院議員(政友会)に当選,8年には貴族院議員に選任されるが在任中に死去した。<参考文献>『岩手県史』9巻

(谷本雅之)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報