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平敷屋朝敏 へしきやちょうびん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平敷屋朝敏
へしきやちょうびん

[生]1700
[没]1734. 安謝港
琉球の和文学者。首里の士族で,父の跡を継ぎ平敷屋の地頭となる。和歌や琉歌にすぐれ,士族の若い男女の恋を扱った組踊『手水の縁』,擬古文『貧家記』『苔の下』などを残した。尚敬王の 22年磔刑に処せられた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平敷屋朝敏 へしきや-ちょうびん

1701*-1734 琉球の和文学者。
尚貞王32年11月23日生まれ。屋良宣易(やら-せんえき)の孫。禰覇親雲上(ねはぺーちん)朝文の子。父の跡目をつぎ,平敷屋村の地頭となるが,当時の三司官(長官)蔡温(さい-おん)を中傷したとして尚敬王22年6月26日処刑された。35歳。擬古文の物語「若草物語」「苔の下」「貧家記」「万歳」のほか,組踊(くみおどり)「手水の縁」をのこした。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

平敷屋朝敏

没年:尚敬22.6.26(1734.7.26)
生年:尚貞32.11.23(1701.1.1)
近世琉球の和文物語作者。有力な家に生まれたが,父親は朝敏が6歳のとき29歳で死に,母方の祖父和文学者の屋良宣易のもとで薫陶を受ける。作品には短い和文の物語「苔の下」「若草物語」「万歳」「貧家記」と若干の和歌がある。前3作が恋物語で,これらから朝敏には好色と美男のイメージが付きまとい,「琉球の業平」ともいわれている。尚敬22(1734)年,友寄安乗 らと計って首里王府を誹謗する落書を薩摩在番役人の宿舎に投げ入れるなどして捕らえられ,一党ことごとく処刑,男子は流罪,妻は百姓に落とされた(平敷屋・友寄事件)。しかし事件の全貌は今もって謎である。悲劇的な死ということもあって伝説的な面影も加わり,組踊では珍しい恋愛物「手水の縁」はこの人の作に擬せられている。

(池宮正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平敷屋朝敏
へしきやちょうびん
(1700―1734)

近世沖縄の和文学者。尚文徳(しょうぶんとく)・弥覇親雲上(ねはぺーちん)朝文(ちょうぶん)(1678―1706)の妾腹(しょうふく)に生まれる。6歳で父に死別後、母方の祖父の和文学者屋良宣易(やらせんえき)(1658―1729)に養育されて大きな影響を受けた。「平敷屋・友寄(ともよせ)事件」といわれる事件により34歳で八付(はっつけ)(磔(はりつけ))の極刑に処せられた。この事件の内容は不明だが、当時の三司官蔡温(さいおん)らへの王府体制批判ではないかといわれている。
 作品には『伊勢(いせ)物語』風の四編の擬古文物語『貧家記』『若草物語』『苔(こけ)の下』『万歳』、一編の組踊(くみおどり)『手水(てみず)の縁』、ほかに多くの琉歌(りゅうか)がある。『手水の縁』は謀反人の作ということで長く上演を禁止されていたが、現在組踊中唯一の恋愛物であり、若い男女の激しい恋をテーマに独自の思想を展開させ、王府の踊り奉行(ぶぎょう)として忠孝節義を下敷きにした玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)の作品と際だった対照を示している。[當間一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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