平沼淑郎(読み)ヒラヌマ ヨシロウ

20世紀日本人名事典 「平沼淑郎」の解説

平沼 淑郎
ヒラヌマ ヨシロウ

明治〜昭和期の経済学者 早稲田大学教授。



生年
文久4年2月7日(1864年)

没年
昭和13(1938)年8月14日

出生地
美作国津山(岡山県津山市)

学歴〔年〕
東京大学文学部政治学理財学科〔明治17年〕卒

学位〔年〕
法学博士〔大正7年〕

経歴
津山藩士平沼晋の長男。明治5年上京し、西周、箕作秋坪の塾に学ぶ。17年丸山作楽の忠愛社に入り、「明治日報」記者となる。19年教育界に転じ、二高教授、市立大阪高商校長などを経て、37年早稲田大学へ移り、44年商学部教授、大正7年同大維持員理事学長、12年商学部長などを歴任。昭和5年社会経済史学会創立に参画した。著書に「近世商業史」「近世寺院門前町の研究」、また本位田祥男「平沼淑郎博士伝記」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平沼淑郎」の解説

平沼淑郎 ひらぬま-よしろう

1864-1938 明治-昭和時代前期の経済史学者。
文久4年2月7日生まれ。平沼騏一郎(きいちろう)の兄。大阪高商(現大阪市立大)校長などをへて,明治44年早大教授,大正7年学長。また社会経済史学会の創立にくわわった。代表的論文に「近世寺院門前町の研究」がある。昭和13年8月14日死去。75歳。美作(みまさか)(岡山県)出身。東京大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「平沼淑郎」の解説

平沼 淑郎 (ひらぬま よしろう)

生年月日:1864年2月7日
明治時代-昭和時代の経済学者。法学博士;早稲田大学学長
1938年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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