平生塩田(読み)ひらおえんでん

日本歴史地名大系 「平生塩田」の解説

平生塩田
ひらおえんでん

[現在地名]平生町大字平生町

周防灘の入江に面して築造された塩田。平生古浜・新市浜・御開作浜・沖浜の塩田を総称して平生塩田とよんだ。

平生古浜二〇町は万治元年(一六五八)に完成し萩藩に属し、新市浜は元禄一一年(一六九八)たてはま村の開作とともに三五町四反が塩浜となり、岩国領に属した。御開作浜二一町七反は天明八年(一七八八)萩藩の撫育方が築造。沖浜は曾根そね村、麻郷おごう(現田布施町)にそれぞれ属し、萩藩と大野毛利氏の支配をうけた。沖浜の成立は明らかでないが文化年中(一八〇四―一八)二一軒を数えた。四つの浜にはそれぞれの会所を設けたが、文化一一年塩の価格統一のために岩国領の新市浜を除いて曾根村水場みずば港に惣会所を設置した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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