広城跡(読み)ひろじようあと

日本歴史地名大系 「広城跡」の解説

広城跡
ひろじようあと

[現在地名]広川町名島

能仁のうにん寺の東方、高城たかしろ山上にある。室町時代中期以降は守護畠山氏の拠城の一。築城年代は不明。標高一三六メートルの頂上は南・西・北の三方が広・湯浅ゆあさの中心部に臨み、東は連峰を負っている。「続風土記」には「村領山上にあり、広城とも高城とも卜山山ともいひ伝ふ、天守の平とて六段あり、井戸も一つあり」とある。西には遠く紀伊水道を望見でき、南は鹿瀬ししがせ山脈の天険、北は長峰ながみね山脈に囲まれた天然の要害となっていた。

畠山氏は本拠の河内高屋たかや城との間を往来したが、広城は家臣に守らせることが多かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む