広大寺(読み)こうだいじ

日本歴史地名大系 「広大寺」の解説

広大寺
こうだいじ

[現在地名]十日町市下組 新保

新保(しんぼ)の集落の北にある。もとは楢沢(ならさわ)川南の鶴(つる)ヶ嶺(みね)にあった。曹洞宗、鶴嶺山と号し、本尊正観音。上野国双林(そうりん)寺(現群馬県北群馬郡子持村)三世曇英を開山とするが、一説には文明年中(一四六九―八七)に僧好禅が開基したともいう(新編会津風土記)。文化二年(一八〇五)の「十日町組地誌書上帳」によると、天明五年(一七八五)に十日町の縮布問屋上村藤左衛門が信濃川左岸の川原に新開計画を立てたところ、当寺はこの土地の利権を主張したため訴訟となり、同七年小千谷で内済取調が済み、当寺の敗訴となった。この新開地は上村(かみむら)新田(現中魚沼郡川西町)として残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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