改訂新版 世界大百科事典 「形而上詩」の意味・わかりやすい解説
形而上詩 (けいじじょうし)
Metaphysical Poetry
広い意味では一般に哲学的思弁の詩(たとえばルクレティウスの《物の本質について》やダンテの《神曲》)をさすこともあるが,厳密には17世紀前半の英詩の一つの流派によって書かれた,機知と奇想conceitを特色とする詩を呼ぶ。すなわちエリザベス朝後期の詩人・神学者であったJ.ダンに始まり,G.ハーバート,R.クラショーらをへて,ピューリタン革命期のA.カウリー(クーリー),H.ボーン,A.マーベルにいたる詩の流れである。これを〈形而上詩〉と呼ぶ呼称については,同じ17世紀のW.ドラモンド,J.ドライデン,次の18世紀のジョンソン博士らが,〈衒学(げんがく)的〉〈過度に知的〉といった非難に近い意味に用いたことに始まる。すなわち17~18世紀の新古典主義的な流れのなかでは低い評価しか与えられなかったのであるが,19世紀のロマン主義時代になると,一部ながら形而上詩が駆使した〈根元暗喩radical metaphor〉や,これを支えた強い想像力に対する新しい認識がおこりはじめた。
そして20世紀に入ると,H.J.C.グリアソンによる新しい《ダン詩集》(1912)の刊行や,T.S.エリオットによる再評価(《形而上詩人論》1921)などがあって,まことに目ざましい復興がおこった。それは新しい時代の英詩が,知的な強靱さと情念のはげしさとを同時的に表現できるような語法を必要とし,さらには強い詩的イメージの用法を学ぼうと模索していたからである。したがって形而上詩の評価は,現代詩および現代批評(〈ニュー・クリティシズム〉を含む)の興隆につれて目ざましく高まり,一時はダンを称賛するためにミルトンを攻撃し,ときにシェークスピアまでもおとしめるなどの行過ぎもあった。しかし1940年代を過ぎるとこれも収まり,〈パラドックス〉〈アイロニー〉を含む形而上詩の魅力的な語法も,正しい史的遠近法のもとに評価されるようになった。
執筆者:川崎 寿彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報