日本大百科全書(ニッポニカ) 「パラドックス」の意味・わかりやすい解説
パラドックス
ぱらどっくす
paradox
ある命題とその否定命題が、ともに論理的に同等と思われる論拠をもって主張されているとする。これらの二つの命題が成り立つと結論する推論のなかに誤りが含まれていることを明確に指摘することができないとき、これら二つの命題を、パラドックス、逆理または逆説という。以下にその有名な例をあげる。
エピメニデスEpimenidesのパラドックス(前6世紀ごろ)は、表現はいろいろあるが、たとえば「クレタ人はうそつきであるとあるクレタ人はいった」という命題をいう。「クレタ人はうそつきである」という小命題が正しければそのクレタ人はうそをいったことになり、小命題がうそであればそのクレタ人はうそをいっていないことになり、いずれにしても全体の命題は成立しない。
エレアの哲学者ゼノンのパラドックス(前5世紀)は数個あるが、そのなかの二つをあげる。(1)俊足のアキレスがカメを追いかけても、カメに追い付くことはできない。なぜなら、アキレスが元のカメのいた所まできたときには、カメはなにがしか前進している。次にまたアキレスがそのときカメのいた所まできたときには、カメはまたなにがしか前進している。したがって、アキレスはカメに追い付くことはできない。(2)飛んでいる矢は、各瞬間において一定の位置を占める。すなわち、矢は各瞬間においてその位置で静止している。ゆえに矢は運動することができない。
次は、集合概念についてのパラドックスである。(1)G・カントルのパラドックス(1899)。「Sはすべての集合の集合である」という命題があるとする。Sをすべての集合の集合、TをSの部分集合の全体のつくる集合とすれば、Tの濃度はSの濃度より大きい。同時にT⊂S(TはSの部分集合)であるから、Tの濃度はSの濃度より大きくない。したがって、この命題は成立しない。(2)B・A・W・ラッセルのパラドックス(1903)。「自分自身を元として含まない集合の集合」。自分自身を元として含まない集合の全体のつくる集合をNとする。このとき、N∈NとすればNNが、NNとすればN∈Nが導かれて矛盾がおこる。ここで、a∈A,aAはそれぞれ、「aは集合Aの元である」「aは集合Aの元でない」を表す。
また、リチャードJ. A. Richardのパラドックス(1905)も有名で、いろいろあるが、その一つは「100字以内で定義できない最小の自然数」は、現にこの文によって100字以内で定義されているという種類の逆理で、エピメニデスの逆理が伝承されている。
[西村敏男]