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後藤三右衛門(2代) ごとう さんえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

後藤三右衛門(2代) ごとう-さんえもん

?-1845 江戸時代後期の御金改役(おかねあらためやく)。
初代の養子となり,文化13年(1816)家督を相続。文政・天保(てんぽう)の改鋳で幕府に貢献,水野忠邦にとりたてられる。忠邦失脚後の弘化(こうか)2年10月,驕奢(きょうしゃ)などを理由に処刑され,三右衛門家は断絶した。信濃(しなの)(長野県)出身。本姓は林。名は奥輔,のち光亨(みつみち)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

後藤三右衛門(2代)

没年:弘化2.10(1845)
生年:生年不詳
江戸幕府による文政・天保改鋳の際の金座御金改役。信濃国飯田の商人林弥七の4男。名は奥輔。初代三右衛門の婿養子となり,文化13(1816)年12月家督を相続,光亨と称し,御金改役に就任。文政小判,天保小判の改鋳や天保二朱金などの新鋳によって約1000万両益金をあげ,幕府財政に貢献した。天保改革期には,鳥居耀蔵,渋川六蔵(敬直)と共に「水野の三羽烏」といわれたが,幕府と金座の癒着ぶりも目に余るものがあり,水野忠邦失脚後の弘化2(1845)年10月,捕らえられて処刑され,同家は断絶した。<参考文献>日本銀行調査局編『図録日本の貨幣』3巻

(岩橋勝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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