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徐載弼 じょさいひつ Sŏ Chae‐p‘il

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世界大百科事典 第2版の解説

じょさいひつ【徐載弼 Sŏ Chae‐p‘il】

1864‐1951
朝鮮の独立運動家。大邱の人。1882年科挙に合格。金玉均らと交わり開化派の一員となった。83年日本の陸軍戸山学校へ留学。84年帰国し,同年12月の甲申政変に参加し兵曹参判となったが,敗れて日本を経てアメリカへ亡命。86年アメリカ市民権をとり,アメリカ名をPhilip Jaisohnとした。93年医師となるが,95年末朝鮮へ帰国し,中枢院顧問に任命され,96年4月には《独立新聞》を創刊し,独立協会の運動を支えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

徐載弼
じょさいひつ / ソジェピル
(1866―1951)

韓国の独立運動家。忠清南道(ちゅうせいなんどう/チュンチョンナムド)論山(ろんさん/ノンサン)の人だが、父の任地全羅南道(ぜんらなんどう/チョルラナムド)宝城郡で生まれる。ソウルで漢学を学び臨時科挙を通り、金玉均(きんぎょくきん/キムオクキュン)ら開化派にくみして1881年(明治14)日本に留学。陸軍戸山学校に学んだのち、1884年帰国して甲申事変に参加、敗れてアメリカへ亡命した。アメリカ国籍をとって1896年帰国後、独立協会結成を支援し同年4月『独立新聞』を創刊し、反日独立運動の巨頭となった。1898年再渡米後は、アメリカで独立運動を展開し国際的に活動した。解放後、1947年にアメリカ軍政顧問として故国に赴いたが、1948年の大韓民国成立によってアメリカに戻り、1951年に死去した。[玉城 素]

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