御茶ノ水跡(読み)おちやのみずあと

日本歴史地名大系 「御茶ノ水跡」の解説

御茶ノ水跡
おちやのみずあと

高林こうりん寺の境内に湧出したとされる名水。二代将軍徳川秀忠が放鷹の帰途に立寄った際、境内の清水を茶の水として献上、以来、同寺は御茶の水高林寺と号したといい、三代将軍徳川家光も茶の湯に用いたという。神田堀(神田川)開削により、井は河畔に形ばかりが残り、享保一四年(一七二九)の神田川拡幅工事で川中に没したという(「御府内備考」「江戸砂子」など)。高林寺は明暦の大火後駒込こまごめに移転、跡地は定火消役屋敷になったと伝えられ、現在の順天堂医院(本郷三丁目)、あるいはその東隣の東京医科歯科大学(湯島一丁目)付近が高林寺境内であったと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む