徳大寺実久(読み)とくだいじ さねひさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳大寺実久」の解説

徳大寺実久 とくだいじ-さねひさ

1583-1617* 織豊-江戸時代前期の公卿(くぎょう)。
天正(てんしょう)11年8月16日生まれ。花山院定煕(さだひろ)の子。徳大寺公維(きんふさ)の養子。後陽成(ごようぜい)天皇につかえる。慶長14年宮女との遊興事件(猪熊事件)に関与,謹慎となる。のちゆるされて権(ごんの)中納言にすすむ。従三位。元和(げんな)2年11月26日死去。34歳。

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367日誕生日大事典 「徳大寺実久」の解説

徳大寺実久 (とくだいじさねひさ)

生年月日:1583年8月16日
安土桃山時代;江戸時代前期の公家
1616年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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