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徳大寺実淳 とくだいじ さねあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

徳大寺実淳 とくだいじ-さねあつ

1445-1533 室町-戦国時代の公卿(くぎょう),歌人。
文安2年5月17日生まれ。徳大寺公有(きんあり)の子。永正(えいしょう)6年太政(だいじょう)大臣。従一位。三条西実隆(さねたか)に「古今和歌集」についての疑問点をとい,興福寺喜多院の僧であった息子の空実に古今伝授をおこなった。天文(てんぶん)2年8月24日死去。89歳。家集に「徳大寺実淳集」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

徳大寺実淳

没年:天文2.8.24(1533.9.12)
生年:文安2(1445)
室町時代後期の歌人。内大臣公有の子。従一位太政大臣に至る。永正8(1511)年に出家。法名は忍継。禅光院と号する。和歌を非常に好み,明応4(1495)年『長門一宮法楽百首』,文亀3(1503)年『三十六番歌合』などに出詠,自邸でもたびたび歌会を催す。三条西実隆に『古今和歌集』に関する不審を問い,子息空実に古今伝授を行うなど,ひとかどの歌人としての自覚を有していた。家集『実淳集』のほか,『詠百首和歌』が現存し,漢和聯句の作法書『漢和法式』も著している。<参考文献>井上宗雄『改定新版 中世歌壇史の研究/室町後期』

(加藤睦)

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