徳次郎宿(読み)とくじらしゆく

日本歴史地名大系 「徳次郎宿」の解説

徳次郎宿
とくじらしゆく

[現在地名]宇都宮市徳次郎町

日光街道の宿。日光道中略記(国会図書館蔵)によれば、初めは上徳次郎村一村であったが、「中徳次郎村・下徳次郎村・門前村・田中村・西根村の六ケ村に分てり、今にこれを徳次郎六郷と号す。ともに新里の庄なり」とある。また元和三年(一六一七)当時は上徳次郎宿のみで人馬を継立てていたが、享保一三年(一七二八)より、月のうち上一〇日を中徳次郎、中一〇日を上徳次郎、下一〇日を下徳次郎宿に分けたという。「梅津政景日記」元和八年四月二六日条によれば、佐竹義宣は日光参詣の途次、「とくしらニて御ひる休有」と記される。宿駅役助成のため寛永八年(一六三一)公儀より米一〇〇俵借用、同二〇年には金一〇〇両、その後、寛文(一六六一―七三)正徳(一七一一―一六)寛延(一七四八―五一)・宝暦(一七五一―六四)にもしばしば借用したという(安永三年「村明細帳」池田憲雄文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む