徳法寺(読み)つじとくほうじ

日本歴史地名大系 「徳法寺」の解説

徳法寺
つじとくほうじ

[現在地名]黒部市三日市

黒部川扇状地の南部の旧宿場町であった三日市(みつかいち)に位置し、真宗大谷派。本尊十字名号。山号はない。「親鸞聖人遺徳法輪集」には、親鸞が越後へ下ったとき三日市で辻源左衛門夫妻が教化を受け、その子孫が辻道場を建てたという。また元和六年(一六二〇)了智がそれまでの辻道場を改め辻徳法寺を建立したという(越中古文書)。親鸞が三日市の経田屋で弁当を使った折、食した串柿の実を三つ植えたところ一夜にして芽を吹いたという(親鸞聖人遺徳法輪集)。「越中古文書」によれば、親鸞が柿の種を焼いて植えたところ、その木は今に栄え、種はことごとく焼けた跡があるという。


徳法寺
とくほうじ

[現在地名]一宮市千秋町勝栗

搗栗山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。境内七五七坪。創建不詳。ただし「尾張志」は天文年中(一五三二―五五)、正入の創建とする。縁起では聖徳太子が勝栗(かちぐり)村五坊野(ごぼの)に一社七堂五坊の大伽藍を創建し、この五坊のうちの一坊が専光(せんこう)坊で、当寺にあたるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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