日本歴史地名大系 「心翁寺跡」の解説 心翁寺跡しんのうじあと 鹿児島県:垂水市田神村心翁寺跡[現在地名]垂水市田神現在の垂水小学校の東方にあった曹洞宗寺院。山号は宝厳山。楞厳(りようごん)寺(現国分市)の末寺で、本尊は釈迦如来、開山は松堂会龍。垂水島津家初代忠将は永禄四年(一五六一)廻(めぐり)(現福山町)で討死、その菩提を弔うため楞厳寺内に建立し、忠将の法号をとって心翁院と称した。文禄四年(一五九五)三代彰久が朝鮮出陣中に病没し、遺体は楞厳寺に埋葬、彰久の法諡をとって天宗(てんそう)寺と改め、宝厳山(宝厳は忠将室の法名)と号する。その後、寺を垂水へ移した。寛永元年(一六二四)五代久敏が江戸で没し、同三年の埋葬に伴って法諡をとって節心寺と改称、延宝八年(一六八〇)心翁寺と改める。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by