恵心院(読み)えしんいん

日本歴史地名大系 「恵心院」の解説

恵心院
えしんいん

[現在地名]大津市坂本本町

横川中堂の南東にあり、兜率とそつ谷に属する。昭和四〇年(一九六五)焼失までは現在地のすぐ北隣にある秘宝館の地にあった。当院は良源座主の時、藤原兼家が本願主となり楞厳三昧りようごんざんまい院の北東にあったという真言しんごん堂とともに建立され、永観元年(九八三)一一月園城おんじよう(三井寺)余慶を導師に招いて落慶供養が行われた。堂舎の規模は檜皮葺五間四面で、金色大日如来像・六観音像・綵色文殊聖僧像・綵色五大尊が安置されていた(「叡岳要記」など)。寛和二年(九八六)一〇月には官寺に定められ、年分度者が置かれた(天台座主記)。のち叡山浄土教を大成した源信がここに住したので、院の名をとって源信を恵心僧都・恵心院先徳とよぶようになり、源信没後に恵心僧都像も置かれ、御影堂としての機能をもつことになったようだが、比叡山焼打ち前の歴史はつまびらかではない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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