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愚堂東寔 グドウトウショク

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デジタル大辞泉の解説

ぐどう‐とうしょく〔グダウ‐〕【愚堂東寔】

[1577~1661]安土桃山から江戸前期の臨済宗の僧。美濃の人。妙心寺聖沢庵の庸山景庸に師事して法を継ぎ、妙心寺に三度住し、後水尾院らの帰依を受けた。大円宝鑑国師

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

愚堂東寔 ぐどう-とうしょく

1577-1661 江戸時代前期の僧。
天正(てんしょう)5年4月8日生まれ。京都の臨済宗(りんざいしゅう)妙心寺聖沢(しょうたく)庵の庸山景庸(ようざん-けいよう)の法をつぐ。美濃(みの)(岐阜県)に正伝寺をひらき,大仙寺を中興。寛永5年以来妙心寺住持を3度つとめる。後水尾(ごみずのお)上皇,徳川家光をはじめとする公武の帰依(きえ)をうけた。寛文元年10月1日死去。85歳。美濃出身。俗姓は伊藤。諡号(しごう)は大円宝鑑国師。

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世界大百科事典内の愚堂東寔の言及

【妙心寺】より

…近世前期も豊臣・徳川両家の諸大名が多く当寺の禅に傾倒し,伽藍造営や諸塔頭(たつちゆう)の造営が続き,幕府も寺領491石余を寄せ,全盛期を迎えた。宗勢の伸張だけでなく,開山慧玄の禅風をついでその伝法と修業が重視され,近世初期に傑僧愚堂東寔(ぐどうとうしよく)(1579‐1661)が現れ,ついで江戸中期に寺僧白隠慧鶴(はくいんえかく)が妙心寺禅に新境地を開き,いわゆる白隠禅を確立した。この白隠門派の禅がやがて妙心寺の禅を席巻し,ついで南禅・相国など五山派の大寺にまで広まり,江戸後期になると白隠禅は日本臨済界の主流となり,それが今日に続いている。…

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