成田長忠(読み)なりた ながただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「成田長忠」の解説

成田長忠 なりた-ながただ

?-1617* 織豊-江戸時代前期の大名。
成田長泰(ながやす)の次男。小田原攻めのあと,蒲生氏郷(がもう-うじさと)につかえ,武蔵(むさし)寄居(よりい)城(埼玉県)城主。文禄(ぶんろく)4年兄氏長(うじなが)の遺領をつぎ,下野(しもつけ)(栃木県)烏山(からすやま)城主となる。慶長5年加増され烏山藩主成田家初代。3万7000石。のち大坂の陣で名をあげた。元和(げんな)2年12月18日死去。初名は泰高,のち泰親。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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