手子丸城跡(読み)てこまるじようあと

日本歴史地名大系 「手子丸城跡」の解説

手子丸城跡
てこまるじようあと

[現在地名]豊里町手子生

手子生(てこまる)字内山(うちやま)に所在。「城の内(しろのうち)」とよばれる一帯二〇ヘクタールほどのところに内堀・外堀をめぐらせた掻上式城郭遺構。大正(一九一二―二六)頃までは付近一帯に巨木が茂り、往時の姿をとどめていたが、その後の開発で堀は埋められ、景観は一変している。

所伝では小田(おだ)城(現筑波町)の支城で、小田氏の祖八田知家の子知重の頃に築城されたというが確たる証左はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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