教良木村(読み)きようらぎむら

日本歴史地名大系 「教良木村」の解説

教良木村
きようらぎむら

[現在地名]松島町教良木

かみ島の中央部にあり、おい(五八六メートル)ほしが岳(一八二メートル)次郎丸じろうまる(弥勒山、三九七メートル)などに囲まれた盆地の村。倉江くらえ川が北に蛇行して有明海に注ぐ。地名は「清ら木」が転訛したものと伝えられ、「あまくさ島めぐり長歌」に「山わけいれば むかしへに くすりもとめし そのひとに その木のあるを をしへける よしあるとてう 教良木と よぶとはいへど いぶかしな」と歌いこまれている。

慶長国絵図に村名がみえ、正保郷帳に高六四七石三斗余とある。大矢野組に属し、庄屋は植村家。万治二年(一六五九)石高半減により三六〇石四斗となった(天草風土考)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む