文野朋子(読み)フミノ トモコ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「文野朋子」の解説

文野 朋子
フミノ トモコ


職業
女優

本名
神山 澄子

旧名・旧姓
鈴木

生年月日
大正12年 1月5日

出生地
東京市 浅草区(東京都 台東区)

学歴
都島高等実践女学校〔昭和14年〕卒

経歴
在学中の昭和13年豊田四郎監督の「鶯」でデビュー。大映を経て、21年文学座に入座、同年「春きたりなば」で初舞台。以降「ハムレット」「欲望という名の電車」などに出演し、29年には「二号」で芸術祭奨励賞を受賞。38年現代演劇協会設立に参加、附属劇団雲の中心女優として活躍したあと、芥川比呂志、夫の神山繁らと演劇集団円創立。舞台のほか、映画、テレビでも脇役で確かな演技力をみせた。62年7月6日夜、神奈川県の秦野市文化会館で「ガラスの動物園」の公演中、主役のアマンダ役を演じているうちに、ステージで倒れた。

受賞
芸術祭奨励賞〔昭和29年〕「二号」

没年月日
昭和62年 7月19日 (1987年)

家族
夫=神山 繁(俳優)

伝記
舞台人走馬灯永くもがなの酒びたり 矢野 誠一 著中村 伸郎 著(発行元 早川書房早川書房 ’09’91発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「文野朋子」の解説

文野 朋子
フミノ トモコ

昭和期の女優



生年
大正12(1923)年1月5日

没年
昭和62(1987)年7月19日

出生地
東京市浅草区(現・東京都台東区)

本名
神山 澄子

旧姓(旧名)
鈴木

学歴〔年〕
都島高等実践女学校〔昭和14年〕卒

主な受賞名〔年〕
芸術祭奨励賞〔昭和29年〕「二号」

経歴
在学中の昭和13年豊田四郎監督の「鶯」でデビュー。大映を経て、21年文学座に入座、同年「春きたりなば」で初舞台。以降「ハムレット」「欲望という名の電車」などに出演し、29年には「二号」で芸術祭奨励賞を受賞。38年現代演劇協会設立に参加、附属の劇団雲の中心女優として活躍したあと、芥川比呂志、夫の神山繁らと演劇集団円を創立。舞台のほか、映画、テレビでも脇役で確かな演技力をみせた。62年7月6日夜、神奈川県の秦野市文化会館で「ガラスの動物園」の公演中、主役のアマンダ役を演じているうちに、ステージで倒れた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「文野朋子」の解説

文野朋子 ふみの-ともこ

1923-1987 昭和時代の女優。
大正12年1月5日生まれ。大映をへて昭和21年文学座にはいり,38年劇団雲にうつる。50年芥川比呂志,夫の神山繁(こうやま-しげる)らと劇団円を結成。おもな舞台に「欲望という名の電車」「ハムレット」「二号」など。映画,テレビにも出演。昭和62年7月19日死去。64歳。東京出身。都島実践女学校卒。本名は神山澄子。旧姓は鈴木。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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